1984年、世界最速のキャッチフレーズで登場したのが、ヤマハのフラッグシップモデルとして発売されたFJ1100です。 スケールダウンした750ccや400ccといった下位シリーズモデルが無い単一モデルとしても珍しい存在で、正にFJはオンリーワンだったのです。 2年後の1986年にはシリンダーを拡大して排気量を1188ccとしたFJ1200が登場、以後ほぼ2年ごとにマイナーチェンジし、1991年にはフレームが新設計になり、ヤマハ初のABS装備モデルも登場しました。 ハイパワーがもたらすスピード、特に追い越しや低速度からの圧倒的な加速は、大排気量エンジンならではの余裕のトルクの賜物。 こうしたヤマハの大排気量車造りの思想は海外で評価が高く、メインマーケットの欧米諸国、特にヨーロッパにおいて、長時間の連続高速走行を最も得意とするFJは絶大な人気を誇っていました。 750cc以上の大型二輪車は、メーカー自主規制で日本国内での販売はされていませんでしたが、逆輸入という形で市場には出回っており、1991年のマイナーチェンジ時には馬力を落としたモデルが正式に国内向けとして登場、しかし初代FJの発売と前後して二輪界はレーサーレプリカ時代に突入、大型モデルといえども軽量ハイパワーのレーサーレプリカ型に人気が集中していき、それらと比較して大きく重いFJは日本ではあまり注目されない結果になり、1994年モデルを最後に国内モデルはカタログから消えてしまいました。 FJは生産終了になりましたが、FJの空冷エンジンは新たな人気カテゴリー「ネイキッド」の旗艦、XJR1200に受け継がれ、XJR1300のエンジンへと発展していくことになります。
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